平成21年度交通安全ファミリー作文コンクール
鹿児島県鹿児島市
新田 瑞穂
「おじいちゃんへ。今までありがとうございました。おじいちゃんが車と共に過ごした長い歴史の終止符のお祝いに、パウンドケーキを焼きました。大口に住んでいた頃は長距離を運転してわざわざ会いにきてくれ、姶良に住んでいた時はこまめに野菜を届けにきてくれて、お世話になりました。高校卒業したら免許を取る予定なので、是非助手席に座ってくださいね。 瑞穂」
七月六日にわたしが祖父に送ったファックスである。七十五歳になった今年の六月、祖父は車を手放すことを決めた。この世代としては免許も自家用車も早くから持ち、車社会の先駆けとでも言えるような人だ。車を運転しなくともしばらくの間は手元に置いておきたいと言ったのは、祖父にとって車は思い入れが強いものだったからだろう。
母は祖父が運転免許を返上することを望んでいた。というのも祖父は七、八年前に目を悪くしている。運転に支障はないようだが年を重ねる度に目だけでなく体の諸機能も衰える。また、最近高齢者の交通事故のニュースをよく耳にするため、母は祖父が運転中に事故を起こすのではないかと心配していた。体力がなくなってから新しいことを考えるのは難しい。車なしの新しい生活スタイルに変えるのは元気な今のうちだというのが母の考えだった。
「目的地まで歩いて行ったりバスで行ったりするのは時間もかかるし不便かもしれない。でも運転している時は気付かなかった車窓からの眺めを満喫するのも素敵なことだよ。」
とわたしも言った。
数日後、返事のファックスが届いた。
「ケーキ、とてもおいしかったよ。車がなくても大丈夫。買い物は近くのストアに、おばあちゃんと計画を立てて行っています。昨日はお墓に一時間ぐらいかけてバスで行ってきました。ちっとも遠く感じませんでした。万歩計を見たら一万歩くらい歩いていました。心配はいりません。 おじいちゃん」
祖父はずいぶん迷ったようだったが、ついにはきっぱりと車と決別した。銭湯、買い物、病院、美術館に行くのにも祖母とバスを使って出かけている。車がなくて不便なため出不精になるかと心配したが、別段困っているようには見えない。路線図と時刻表を見て移動している姿はこれまでよりも生き生きしている。毎日歩くから足腰が強くなったとさえ言う。祖父は見事なまでに生活リズムを変えた。
車は、いつでもどこにでも天気に関係なく移動することができるすばらしいものである。しかし、その便利さには交通事故というリスクが常につきまとう。祖父は車を返上することでそのリスクを回避した。その上、健康というおまけまで付いてきた。この夏、祖父はドライバーとしてではなく、歩行者としての新しい人生のスタートを切ったのだ。